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桐蔭学園中等教育学校

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スクール特集(桐蔭学園中等教育学校の特色のある教育 #6)

日本初!模擬国連で70か国の大使になりきる探究授業

桐蔭学園中等教育学校では、年度末の模擬国連会議に向けて、大使になりきり諸問題の解決に取り組む探究授業をスタート。3年生の授業を取材し、担当教員に話を聞いた。

共学化3年目の桐蔭学園中等教育学校では、「15歳のグローバルチャレンジ」と題した探究授業が4月からスタートした。世界大会7年連続出場を誇る模擬国連部での活動をベースとした日本初の試みであり、1年間の探究活動を通してグローバルな視座の獲得を目指す。模擬国連部の顧問であり、学年主任の橋本雄介先生(国語科)に話を聞き、3年生の授業を取材した。

1年にわたり「大使」を経験

模擬国連とは、生徒が各国の大使になりきり、国際問題について国連会議の形式で討論し、各国の立場を踏まえながら問題解決の方法を探るという活動。3年生の探究授業としてスタートした「15歳のグローバルチャレンジ」は、世界大会で優秀賞(世界第2位)の栄冠を獲得した経験もある模擬国連部で、創部以来顧問を務めている橋本先生が考案したプログラムだ。

「模擬国連部が発足したのは、2007年です。部として動き出したころから、部活だけでなく生徒全員に接続したいという思いがありました。成長というのは、基本的には連続性を持っています。しかし、ある国の大使になることで、そのときだけ大人の真似をして責任を持った言説をつむぎだす経験ができるのです。模擬国連を通して、今までとは全く違う視座を作ることができます。それは、子どもたちにとって必要で、とても大切な経験なのです」(橋本先生)

責任のある言説をつむぐためには、様々な下調べが必要になる。「15歳のグローバルチャレンジ」は、同校が学びの3本柱として掲げる「探究」「アクティブラーニング(AL)型授業」「キャリア教育」の要素がつまった総合的な学習プログラムである。

「本校では、探究の授業が5年間あります。今の3年生は、1~2年で探究の基本スキルを身につけました。偉人探究、未来探究といった大きなテーマの中で、「課題の設定」「情報の収集」「情報の整理・分析」「まとめ・発表」というサイクルを繰り返して、必要なスキルを身に着けてきたのです。2年間で身につけた土台があるからこそ、模擬国連会議に向けた探究活動ができます。6年間の教育デザインの中で、3年次の1年間をこの授業にあてることには非常に大きな意味があります。15歳というこの時期に、変化する社会においてどんな時にも発揮できる能力やスキルを身につけることが必要なのです。この探究活動が、今まで引き出せなかった可能性を引き出すきっかけになることも期待しています」(橋本先生)

▶︎「15歳のグローバルチャレンジ」担当 橋本雄介先生(国語科)

視座を変える本気の“ごっこ”

生徒は3人~4人のグループで担当した国の大使となり、学年末の模擬国連会議に向けて諸問題の解決に取り組む。担当する国は、「先進国」「発展途上国」「宗教の多様性」「大陸のバランス」など様々な視点で選定。各クラス10カ国、学年全体で70カ国の大使が誕生した。

「模擬国連では、生徒一人ひとりが一国の大使になりきります。本気で“ごっこ”をやるのは子どもたちにとっても、楽しいのではないかと考えていました。実際やってみたら、すでに半分ぐらいの生徒がなりきる面白さにはまっています。先日は、中国の外務省報道官の真似をして話す子がいました。真似をして語っている内容にも目を向けるなど、楽しさから関心へとつながり、ニュースなどの見方も変わってきているように感じます」(橋本先生)

授業の目的は、「今までと異なる視点で世界を見る」「様々な角度から分析する練習をする」「全員の力を結集し、解決策を作り上げる経験をする」ことだと、生徒たちとも共有している。

「今までと異なる視点で世界を見るために、この授業では『日本に住む中学3年生という立場を捨ててほしい』と伝えてあります。例えば、先日の発表で『広さは、東京ドーム〇個分です』と説明した生徒がいました。すると、数人の生徒たちが『あれ?』と気づき始めます。そして、発表した生徒も『しまった! 東京ドームなんてわかるわけない!』と我に返ったのです。私たちは無意識に、日本のものを判断基準に使っています。それだけ視座をほかに置くことは難しいのです。模擬国連のようなことをしなければ、なかなか気づけないでしょう。これまで4回の授業を終えましたが、だいぶ“なりきり度”が上がってきています」(橋本先生)

リーダーシップとフォロワーシップ

初回の授業で担当する国が決まり、第2回の授業では、担当国の位置・国旗・人口・民族・主要産業などを調べて、「基本情報シート」を制作。大使団長(輪番制)が役割分担の指示を出し、それぞれの得意なことを前面に出しながら、グループワークが行われたという。

「その日の大使団長は生徒たちが決めていますが、同じ生徒がずっとリーダーにならないように配慮しています。『役がその人を育てる』と言いますが、役をやってみたら光るものが見えてくることもあります。その機会が回ってこない子がいるのは、学校としてよくないと思うのです。また、リーダーでないときは、どのようにしてフォローすることに力を注ぐかが重要になります。それぞれの得意な分野の力を引き出して、リードしたりフォローしたりすることは、現代に求められている組織の在り方と重なります。リーダーシップとフォロワーシップの両面を見ても、グループワークが自然にできるようになってきました」(橋本先生)

第3回と第4回の授業では、「担当国PRプレゼン資料」を作成。まずは個人で調べたことを書き出し、その後、グループワークを行ってワークシートを充実させていく。「個」の活動から「協働」の活動へと展開させることで、より活発なやり取りへと発展。授業の最後には、個々に授業のふり返りを行う。これは同校の教育の3本柱のひとつであるアクティブラーニング型授業の基本形、「個→協働→個」の授業展開である。

「内戦状態にあるなど、厳しい状況の国もあります。たとえ反政府側の方に共感できたとしても、そちら側には立てません。日本から見たら『悪』と思っていることを政府が行っていたら、それを別の視点からとらえ直す必要があるのです。70か国の中に日本を入れたことにも、大きな意味があります。子どもたちには、日本から見える日本とは違う、日本では報道されていない『日本』が見え始めています。例えば、科学技術ではトップレベルであっても、サイバーセキュリティの脆弱性や、ジェンダー平等への取り組みの遅れなど、弱い部分もあるのです。そういった、日本の強いところと弱いところが、まったく違う視点から見えてきています」(橋本先生)

第5回 授業テーマ「世界各国の“いいところ”をたくさん知ろう!」

毎回授業の冒頭に、橋本先生は世界の動向を知るニュースを伝えている。この日は、「アメリカ合衆国、グリーンランド買収を否定」というニュースについて、デンマークとアメリカの関係、地下資源の問題、そして中国の動きなども絡めて説明した。

続いて、作成した「担当国PRプレゼン資料」を使った発表。この日は、南スーダン、カナダ、チャド、チリ、コスタリカの大使が発表を行い、自分が発表していないときは、発表を聞きながら担当国の立場でコメントシートに感想などを記入する。

アフリカ大陸中央部に位置するチャド共和国の大使団が考えたキャッチコピーは、「人類誕生の地⁉」。ウニアンガ湖沼群、エネディ山地、チャドの資源について説明した後、約700万年前の頭蓋骨、顎の骨、歯が完全な形で発見され、ヒトの祖先なのか議論が交わされていることを紹介。担当国が決まったときは、「チャド…、聞いたことない…」と言っていた大使たちも、自国の魅力をしっかりと調べあげてまとめていた。

一方、カナダを担当した大使団は、「多様性は私たちの力だ」というキャッチコピーを考えた。移民政策、学生が起こしたいじめ反対へのアクション「ピンクシャツデー」、プリンス・エドワード島、旅行ガイドによる「LGBTQフレンドリーな国」ランキングで1位になったことを紹介。有名なナイアガラの滝やカナディアンロッキーなどを入れず、大使としての視点で選ばれたカナダの魅力が語られた。

発表した国へのコメントシートには、「貴国とは同じフランス語圏なのでぜひ仲良くしたいと考えております。資源も多くお持ちとのことで、化石燃料を輸出していただけると幸いです」(コートジボワールからチャドへ)、「LGBTQの問題をはじめ、多様性について先頭に立って活動されているのはすごいです」(ポーランドからカナダへ)など、しっかりと大使になりきったコメントが書かれていた。

一方、生徒としてのふり返りシートには、「プレゼンをして、自分の国がますます好きになってきました」「他国の表現力が高くて、なかなかマネができないレベルだった。来週のプレゼンに向けての緊張が増してきました」などとあり、大使の立場とは違う、自分自身のふり返りがしっかりとできていた。

目標は「全会一致」

今後の授業では、担当している国が抱える政治的な問題などを調べていく。そして、自国が困っている問題を解決するために、どうして問題解決が進まないのか、どのような国と協力する必要があるのかを考えて、年度末の模擬国連会議につなげる。

「年度末に実施する会議の議題は、こちらから与えるのではなく、各国がプレゼンをして1位と2位を決めます。その2つを模擬国連部で一度引き取って、上級生が議題解説書という論文を書き、会議の形に仕立て上げて3年生にフィードバックするという流れです。4・5年生(高1・2に相当)の生徒が手伝うので、縦のつながりもできます。最後はできれば全会一致で終わりたいです」(橋本先生)

会議は午前と午後にわけて、英語で行う会議と日本語で行う会議を開く。会議に向けて様々な準備をすることで、社会、国語、英語など教科を越えた学びにつながる。

「年度末の会議は、子どもたちの中で『英語でやりきった』という成功体験にしたいという思いもあり、次の学びへの原動力にもなると期待しています。探究チームには、英語科、社会科(公民)、国語科、理科(化学)の教員がいます。各教科からの様々な視点も活かせますし、来年度以降は、誰でもこの授業を持てるようにしていきたいと考えています」(橋本先生)

絶対不可欠な人材の育成

同校の模擬国連部は、優勝回数と世界大会出場回数ともに、日本全国の高等学校・中等教育学校の中で最多となっている(2021年3月現在)。また、過去6年間で東京大学の学校推薦型選抜(旧推薦入試)に、4名の合格者を輩出。「模擬国連は、勝負であるがディベートではない」という考え方で活動していることが、大学や社会に出てからの活躍にもつながっていると橋本先生は語る。

「相手を論破しない、というのが本校の強みです。それぞれ得意分野が違うみんなの力を『和』にしよう、『積』にできたらもっといいと考えます。つまり、相手を倒すのではなく、相手の力を借りるのです。そのために、自分がどのような立ち振る舞いができるかが重要になります。1つの目的のもとに、みんなを1つの議場に接続する原動力になることができれば、絶対不可欠な人材になれるのです。私が生徒たちと一緒に考えたいのは、そこなのです」(橋本先生)

模擬国連は、お互いが手を取り合えるように、時間内に合意点を見出さなければならない。それは大人でも難しいことである。部活動を通して、生徒たちは自分の至らない部分が嫌というほど見えて、苦しさも体験しているという。

「人の話を聞けていない、自分の話の要点が見えないなど、毎回反省して落ち込んでいます。世界はこんなに何も動かないのかという、無力感も大きいです。それでも、少しでもよくなるために問いを立てます。そのような中で生きがいを見出すことができれば、大学へは自分の問題意識を持って入れますし、その先も力強く生きていくことができます。3年生の1年間ではそのレベルに達することはできませんが、自分で問いを立てる4年生以降の探究へとつなげることで、世界レベルの問いを作れるようになることに期待しています」(橋本先生)

<取材を終えて>
今回の発表は各国5分間と決まっていたが、どの国の大使たちも、時間をオーバーすることなく、短すぎることもなく、しっかりと発表できていた。これは、1~2年生でスピーチや発表の経験を重ねてきた成果だろう。スライドもそれぞれ工夫されており、個人的にはコスタリカに行ってみたいと思った。大人でも知らない情報をしっかりと調べあげており、様々な関心や力を引き出すことができる探究授業だと感じた。

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