スクール特集(女子聖学院中学校の特色のある教育 #7)
卒業生の講演を通して「本物」に触れ、視野を広げる探究学習
女子聖学院中学校では、探究学習を週2時間実施。卒業生をゲストスピーカーとして迎えた中2の探究学習を取材した。
女子聖学院中学校では、2021年度から探究学習を週2時間実施。同校のスクールモットーである「神を仰ぎ人に仕う」を土台に「仕える人になる」を6年間のテーマに掲げ、自分軸を形成する「マイ・コンパスプロジェクト」に取り組んでいる。探究委員会委員長の川村明子先生に話を聞き、卒業生をゲストスピーカーとして迎えた中2の探究学習を取材した。
2021年度にスタートした「マイ・コンパスプロジェクト」
同校ではこれまでも、各教科ベースでの探究学習を行っていたが、2021年度から時間割の中に週2時間の総合探究を組み込んだ「マイ・コンパスプロジェクト」をスタート。中1のテーマは探究学習の導入として「学びとは何か」、中2は「本物に触れ、視野を広げる」をテーマに様々な社会課題を理解し、自分事として探究する力を身につけていく。3年間のまとめとなる中3は「未来社会を創る視点に立つ」をテーマとし、自分が理想とする未来を考える。まずは昨年度の取り組みを振り返り、川村先生は次のように語った。
「中1は『学びとは何か』をテーマに身近な学習方法について個人探究を進めた後、探究の視点づくりの一環として、複雑な問題に多面的な見方でアプローチするシステム思考を学んでいます。これは、「学習する組織」という著書にてピーター・センゲ氏が提唱しているメソッドです。ある問題が目の前に出されたとき、私たちは表面的に見えていることだけに目がいきがちですが、解決策を考えるためには見えていない背景にも目を向けて、そこにある様々な要素のつながり(システム)をもって全体像をつかまなければなりません。そのために必要なツールとして、システム思考の氷山モデルを学びました」(川村先生)
海面に浮いている氷山は、体積のたった1割程度が海面上に見えているだけで、およそ9割が海面下にある。ある出来事についても、氷山の海面下にあるような部分にも目を向けることが重要だと、川村先生は説明する。
「SDGsや国が掲げている課題の多くは、その構成要素が細かく分解された状態で示されています。しかし、実は全部つながっていて、1つ達成するとそれに影響を受けて他の問題が改善されたり、あるいは逆に悪い影響がでることもあります。例えば、人が暮らすエリアに熊が出たというニュースが報じられたとします。熊が出てくることには理由があり、それは里山の状態や人口減少、環境問題などとつながっています。そしてそれらは、その地域の問題だけでなく都市部の問題でもあり、そうなると国全体の問題でもあり、世界全体に関わることにもなるのです。このように、システム思考というツールを使って、ものごとをつながりで考えましょうという指導を行いました。思考ツールとしてはこの他、中学生のうちにWhyツリー、フィッシュボーンチャートなど複数のツールを学びます」(川村先生)
▶︎探究委員会委員長 川村明子先生
卒業生による授業から現実的な問題や課題を知る
中1の段階では「学び方」を探究しながら、「学びと社会のつながり」について考えてきた。中1の秋から、「自分の立ち位置を知る」というテーマで、特権について考えたという。
「東京都にある私立の女子校に通っていることは、どういうことなのかと問題提起しました。まずは、特権について考えるきっかけとなるアメリカの動画を見てもらい、自分たちが持っている特権に気づくことから始めます。例えば、東京都には私立学校が多いですが、地方は東京ほど多くないですし、私立の小学校となるとさらに少ないです。このように統計データを使って、東京都とほかの地域を比較しながら、社会の姿を紐といていきます。私立の意味とは何かについても考えます。そして、よりよい社会を作るために特権をどのように活かすかということにつなげていきました。受けている教育の姿や社会全体で見たときの教育の在り方など、いろいろな視点から多角的にとらえる仕掛けをしています」(川村先生)
そのような段階を経て、中2では同校の卒業生をゲストスピーカーに迎えた授業を3回シリーズで実施。1回目は「貧困とは」をテーマに、JICAでのボランティア経験をもつ看護師の卒業生による授業が行われた。
「中2の探究テーマは、『本物に触れ、視野を広げる』です。引き続き学びと社会がどのように関わっているか考え、視野を広げる視点の1つとして学びを切り口にしています。中2では、現実の問題としてどのようなことがあり、どのような課題があるか、具体的なことに目を向けてほしいと考えました。そのためには、社会に貢献している人や現場にいる人たちと出会う機会が必要です。3名の卒業生による授業を用意しましたが、どの卒業生も社会で『自分がやるべきことはこれだ!』と思えることを見つけ、自分だからできる貢献の仕方を見出して活躍している方たちです。2人目のゲストスピーカーとして迎えた小島祥美先生(東京外国語大学准教授)とも、事前にどのような授業にするか打ち合わせを何度も重ねました。聖学院では法人としてSDGsに関連した学びや活動にも取り組んでいるので、小島先生の専門と関連があるSDGsの目標4『質の高い教育をみんなに』を達成するために、日本が取り組むべきことは何かを考える授業にしました」(川村先生)
小島祥美先生(東京外国語大学准教授)の授業
2時間続きの授業は、前半の1時間で小島先生の講演を聞き、後半の1時間はSDGsの目標4についてディスカッションを行う。授業の導入部で小島先生は、同校で学んだ大切なこととして「ナイモノをつくる楽しさ」「コラボ(協働)のパワー」「私自身の存在」を挙げた。人を楽しませたいという気持ちが強かった小島先生が「こんなイベントをやりたい」と提案すると、同級生や教員がみんなで「いいね!」と応援してくれたと当時を振り返る。
短大卒業後、埼玉県の公立小学校に勤めた小島先生は、ボートピープル(難民)の子どもたちと出会い、学校に行きたくても行けない外国籍の子どもたちがいることを知る。そして自分が何も知らなかったことを情けなく思い、教員をやめてバックパッカーとして世界をまわった。その後、阪神・淡路大震災後の外国人支援などを経て、岐阜県可児市で市内に住む外国籍の子ども全員への就学実態調査を実施。外国籍の子どもの就学実態を日本で初めて明らかにし、同市の職員となって「不就学ゼロ」を実現した。発展途上国への支援はしているのに、国内で生活している外国籍の子どもたちを「就学義務がない」という理由で不就学のまま放置していることに疑問を感じた小島先生。自分に何ができるか考えて、可児市との協同で問題の「見える化」をした。同校在学中に学んだ3つが、ここにつながっている。
後半のグループディスカッションでは、協働学習アプリ「MetaMoJi」を使ってグループ内で意見を共有し、最終的には全グループの意見を共有。ディスカッションには、1回目のゲストスピーカーから学んだ「Whyツリー」というツールが用いられた。「Why ツリー」は、「なぜ?」という視点で問題を分解して階層化し、真の原因を分析することによって解決法を導くメソッドである。「なぜ外国人移民の数は年々増加しているのか」について、ある班は「母国の治安悪化によって難民や移民が増えた」「夢を叶えるために技能実習生として来日」「母国を発展させるために、経済を学びに来日」と分析した。これに対して小島先生は、外国人技能実習生については実習生という名前であるが、この制度には労働者不足が関連しており、別の問題があることなども説明。最後に川村先生が「見えていないけれど起きていることにも目を向け、探究心を働かせて活動を進めてほしい」と話して、この日の授業を締めくくった。
▶︎小島祥美先生(東京外国語大学准教授)
自ら学び続け、学んだことを自分の言葉で表現
6年一貫の探究学習における最終目標としては、生徒たちが「自律した学習者」になることと、学んだことを「発信できる市民」になることだと、川村先生は説明する。
「生徒たちには、自ら学び続け、学んだことを自分の言葉で表現して、発信できる市民(社会を意識した人)になってほしいと考えています。好きなものやこだわりのあるものを、社会とつなげて考えることが重要です。そのためにも中学段階では、今、世の中で何が起きているか知り、世の中をよりよくするためにはどんな未来社会を創造したらよいのかを考えられるような授業を展開していきます。そして高校では、それを実現するためにどんなことができるのか深めて、高2で自分なりの意見を論文としてまとめて、進路につなげていきます。進路指導という意味では、中1で学びにフォーカスすることで、早い段階で自分に合った勉強方法を見つけることにもつながると考えました」(川村先生)
探究学習は、中学生のうちはグループワークを中心として、高校生になると個人で活動していくという。
「中学生のうちは、興味や関心のある対象を絞り込むのではなく、視野を広げていきます。しかし広げっぱなしではなく、中学の終わりには、どのような未来が自分にとって理想か1つ描いてもらいます。そして高校では、自分が描いた未来をつくるために自分は何ができるか、何を極めたいか考えてもらいたいのです。それらの活動を通して、どのように自分の賜物(たまもの)*を活かせるか、模索していってほしいと思っています」(川村先生)
*同校の教育目標は「自らの賜物を用いて他者と共に歩む事のできる女性」の育成。「一人ひとりが神からかけがえのない賜物を与えられている」という確信に基づき、それぞれの固有な賜物を発見することを助け、それを活かす道を模索する教育を目指している。
「自分たちが社会を変えられる」という意識を育てたい
卒業生をゲストスピーカーに迎える授業の3回目は、アートコミュニケーションプログラム「アートリップ」がテーマとなる。認知症の患者をはじめ、子どもから企業人まで、幅広い層に向けて実施されているプログラムをアメリカから日本に持ち込んだ第一人者をゲストに迎えるという。
「アートリップは、美術作品を見たまま、感じたことを共有することで、脳の眠っている部分が刺激され、創造する喜びと生きる活力を得ることができる体験です。最初は認知症の高齢者やホスピスにいる患者さん向けに行われていましたが、現在は子どもや企業人向けにも実施されています。小島先生と同じように、見えていなかった部分に目を向けて、日本にはなかった視点を見つけて、よりよい社会を作り出す活動をなさっている方です。当日は7名のファシリテーターを連れてきてくださるので、美術作品をスクリーンに投影し、生徒たちにもアートリップを体験させます。体験後に、共生社会の発想につなげながら、暮らしの質を高めるとはどのようなことなのか、考えていきたいです」(川村先生)
卒業生を迎えた授業は、社会で活躍しているロールモデルを身近に感じることができ、キャリア教育の一環としても貴重な機会となる。
「中2や中3では、なるべく学校の外へ出ることもしたいと考えています。現場の人たちに直接会ってインタビューをしたり、社会とつながる活動をするのも職業体験の一環になるからです。小島先生の回も、当初は東京外語大で雰囲気を感じながら授業を受ける予定でした。コロナの影響で断念せざるを得なかったのですが、大学の雰囲気を知ることも大切だと思っています」(川村先生)
日本財団が2022年1月~2月にかけてイギリス、アメリカ、中国、韓国、インドと日本の17~19歳各1,000人を対象に行った意識調査の結果、「自分の行動で国や社会を変えられると思う」という項目で日本は最下位だった。同校の探究学習を通して、「自分たちが変えられる」という意識を育てていきたいと、川村先生は語る。
「日本では、自分たちが社会を変えられると思っている若者は他国と比べてもかなり少ないのですが、一方で、選挙権が18歳以上に引き下げられました。2021年11月には、イギリスで開かれた『COP26』(国連の気候変動対策会議)に参加した日本の高校生がメディアでも注目されましたが、参加した若者たちは『自分たちが変えていく』という意識がとても高いです。すべての若者に同じような機会があるわけではありませんが、学校教育の中で『自分たちが変えていけるんだ』という意識を育てていきたいと思っています」(川村先生)
<取材を終えて>
国が初めて、「外国につながる子どもたちの実態調査」を始めたのは2019年。小島先生が2003年に岐阜県可児市で調査を始めてから16年後である。小島先生が問題を「見える化」し、地域と行政、そして学校が力を合わせた結果が国を動かすことにつながったのだ。小島先生の話は「自分たちが変えていける」という実例であり、見えていなかった問題の事例としても多くの気づきがあった。このような話を中学生のうちに聞けることは、探究学習としてもキャリア教育としても、とてもよい経験になると感じた。