スクール特集(聖園女学院中学校の特色のある教育 #5)
信頼する大切さ、人間関係の築き方を学ぶ「プロジェクトアドベンチャー研修」
聖園女学院中学校は1、2年生を対象に、相互尊重の大切さや、人間関係の築き方を体験学習する「プロジェクトアドベンチャー研修」を実施している。その取り組みの目的や内容について取材した。
学校の教育方針とプロジェクトアドベンチャーの理念が合致
同校はコミュニケーション研修の一環として、10年前から中1,2年生を対象に「プロジェクトアドベンチャー(PA)研修」を実施している。講師の難波克己先生*によると、アドベンチャーには、人を信頼する心や自尊感情、他者理解、チームワークなど、人間を成長させる要素がたくさんあり、体験を通じてそれらの「気づき」を効果的に得ることを目指していると言う。
教頭の鹿野直美先生は、PA研修の導入の経緯をこう話す。「本校はミッションスクールとして、教科教育と共に心の教育を重視しています。相互尊重や、一人ひとりの尊厳を守ることなどを、生徒たちにどう提示するか、日常生活で実践するにはどのようにアプローチをしたらよいかを考えた時、難波先生が行っている手法を取り入れたいと思いました。また中学1、2年生は、人間関係の構築に戸惑いが多い年齢であり、発達段階でも、また学校生活のスタートとしても大事な時期であるため、この2学年を対象とした研修をお願いすることにしました」
「プロジェクトアドベンチャーとは、アドベンチャー教育の一つの手法で、ルーツは欧米です。そして、アドベンチャー教育は、グループワーク中心の体験的な活動を通して、人と関わり合う中で自己認識や自己理解、他者理解、尊重、信頼を重視することを基本理念とし、世界のあらゆる場所で人間教育として実践されています」と難波先生は説明する。
「日本では、アドベンチャー(Adventure)は冒険と訳され、危険的なイメージがありますが、Adventという単語は、ラテン語のAdventusから来ており、『到来する』『迎える』ことを意味しています。私たちは、『ベンチャー=新しいこと』を迎えることをアドベンチャーと捉え、プログラムではトライアンドエラーの体験を通して、自ら新しいことを学び取ることを目指します」
同校のPA研修は、学校の教育方針に沿って、毎回、「相互尊重・信頼関係・安心感のある居場所づくり」をテーマに設定している。生徒はアクティビティなどで自分の目標にトライしたり、友だちと一緒に問題解決をしたりして、より良い人間関係の構築を学んでいくという。
*難波克己先生…梅光学院大学特任教授。アドベンチャーデザイン代表。プロジェクトアドベンチャー国際公認認定トレーナー。高校卒業後、アメリカへ留学し、大学や大学院でレクリエーションセラピーや野外教育、カウンセリング心理学、スポーツ心理学、適応体育学等を学ぶ。1995年プロジェクトアドベンチャージャパン設立時に、チーフトレーナーとして、その普及と指導者教育に携わる。玉川大学TAPセンター、センター長を経て、現在も精力的にアドベンチャー教育の研究と、教育現場おける実践活動を行っている。
相互尊重の大切さを体感し、一人ひとりの存在価値を可視化して認め合う
今年度は4月に中学1年生、5月に中学2年生がPA研修に臨んだ。丸1日行われる研修では最初、全員で「互いを尊重し合う」「互いの努力を認め合う」といった約束をする。これは「フル バリュー コントラクト(Full Value Contract)」と呼ばれている。また、プログラムには挑戦への選択の自由(Challenge By Choice)が保障されており、個人の挑戦レベルとその方法は、自分自身が決定する。そして、体験後は全員で振り返りをして、研修で学んだことを日常生活に適用していくことを目指す。
当日のプログラムは、各自が自分の手のひらを紙になぞり、手形の中に自分の長所や大切にしていることを手形の外に悩みや心配ごとなどを書き込む作業から始まった。難波先生は、「始めに自己認識、自己理解をする時間を持ちます。それから書いた手形を友だちと共有して、他者を理解し、一人ひとりの存在の大切さや、その人の存在が周りにどう影響しているか、ということも意識して考えます」と話す。
アクティビティでは、生徒同士が手をつないで、バランスをとり合うことを行った。まず、ウォーミングアップとして、2人一組で実践。互いに向き合い、つま先を付けて接近し、手を取り合ってVの字になるように引っ張り合う。うまくバランスがとれたら、今度は引っ張り合った状態のまま、ゆっくり腰を落として座る。「このアクティビティは、相手に委ねることはどういうことか、を体験します。もし、相手に遠慮して力を緩めたりすると、相手が後ろへ倒れてしまう。互いが力を委ね合う、つまり相互信頼が必要なのです」
2人の信頼関係がつくられる(バランスがとれる)ようになると、3人、4人…と人数を増やして負荷をかけていく。体重が異なる生徒同士が引っ張り合うため、最初はバランスが崩れてしまうが、力を加減しながら何度もトライ。成功すると、2人の時と同じように、手をつないで引き合いながら座り、再度、立ち上がるところまで行った。
その次はさらに人数を増やして、総勢20人でロープを握って輪を作り、座って、立ち上がる。最終的には20人で手をつなぎ、交互に前傾するグループと後傾するグループを作って、輪の均衡を保つことを行った。
難波先生は、「輪を作るという概念や輪の大切さは、生徒たちもわかっているでしょうが、おそらく体で感じたことはなかったと思います。きれいな輪を作るには、みんなが重さや圧を感じながら力を委ね合うことが必要です。自己主張が強すぎる人が1人いても、反対に他人に依存する人がいても輪は崩れてしまいます」と言う。
「ただ、私は生徒に『こうしなさい』という指示は出しません。生徒自ら自分の役割や責任の大きさを意識し、トライアンドエラーをして加減を掴んでほしいからです。自分の力がきれいな輪のために役立っているというイメージを持ち、みんなで支え合い、成功させる。そのプロセスが大切であり、ここで得た学びを日常生活にも置き換えられことが一番の目的です」
研修の最後には、各クラスで1枚の大きな紙に人のシルエットをなぞって描き、体の内側に大切なことや守りたいもの、外側に嫌なことや無くしたいものなどを、みんなで書き込んだ。「人型はビーイング、存在を示します。人が集まってコミュニティを作るので、互いの存在を認め合うために、大切なこと、嫌なことを人型のシンボルに収めて共有します」と難波先生。なお、個々に書いた手形と、クラス全員で書いた人型は、1年間、教室の後ろに掲示して可視化しているそうだ。
未知の体験を乗り越え、自分を成長させるPAプログラム
PAプログラムには、「自分の枠を広げる」という目的もあるという。「人は、安心感や居心地が良いと感じる『コンフォートゾーン』にいる時が、もっともリラックスできます。例えば自分が自分でいられる慣れ親しんだ場所、自分の能力に自信が持てる時などです。『コンフォートゾーン』を出ると、未知の出来事に遭遇したり自分にはできないかもしれないと不安を感じたり、気の張った状態になります。それが『ストレッチゾーン』、『ストレスゾーン』と呼ばれる領域です。人は『コンフォートゾーン』から一歩踏み出して、『ストレッチゾーン』、『ストレスゾーン』で、未知な体験にトライして乗り越えた時に成長します」と難波先生は言う。
「みんなで手をつないで輪を作るというアクティビティでは、仲間との信頼関係が、『コンフォートゾーン』を踏み出す力となります。時に、相手に委ねることは勇気がいるものですが、それこそがアドベンチャーです。トライアンドエラーをして、『できた』という瞬間に、『コンフォートゾーン』が大きく広がり、それが『成長ゾーン』になるのです」
「PA研修は、『成長ゾーン』を作るきっかけを提供します。あとは先生方が学校生活の中で、未知の体験の機会を与え、『できた』という達成経験をたくさんさせてほしいですね。その積み重ねが、生徒の自尊感情を高めていきます」
鹿野先生は、「PA研修の大きな成果は、生徒がエラーを消極的に捉えなくなったことです。その『気づき』があるかどうかで、将来の生き方も変わっていくと思います」と話す。実際、研修後は、クラスの雰囲気や、授業、行事、部活動などに取り組む姿勢が変化しているという。生徒の感想にも、「人を信頼することはどういうことかを知った」「他者と協力して行動する時に、どうすればよいかを考えるようになった」などの言葉が寄せられているそうだ。
「ミッションスクールの教育で大切なのは、自分の長所を認識して、それを他者のために発揮する、社会に向けて貢献することだと考えています。研修を通じて、その基礎を身につけてほしいと願っています」と鹿野先生は抱負を語った。
【取材を終えて】
まず、アドベンチャー教育というものがあり、PAはその一つの手法であることを初めて知った。自己認識や相互尊重、信頼関係などを、自分の目で見て(手形や人型への書き込み)、体感して(アクティビティで輪を作る)学ぶという取り組みに、面白さと奥深さを感じた。難波先生は、幼児から大人まで、目の前にいる人に合わせていろいろな手法を組み合わせたプログラムを実践しているという。相手を信頼し、信頼されることや自分のコンフォートゾーンから一歩踏み出してチャレンジすることは、年齢や時代が変わろうとも不変的に大切なことだと改めて思った。