スクール特集(獨協中学校の特色のある教育 #7)
“地球市民”としての資質を育む「ドイツ研修旅行」
創立時からドイツと縁の深い獨協中学校・高等学校では、国際理解教育の一環として中3~高2の希望者を対象に「ドイツ研修旅行」を実施している。担当の塩瀬治教諭に話を聞いた。
人と人とのつながりで実現した独自のスタディツアー
同校は2013年より、夏休みの約2週間を使って、ドイツ各地を巡る研修旅行を実施している(2020~22年は新型コロナウィルスの影響で中止)。「本校の研修旅行は、いわゆる観光旅行ではありません。現地の学校や教育施設などを訪れて、さまざまな体験をしたり、人々と交流したりすることを目的としています」とドイツ研修旅行の立案者で、プログラムの作成や生徒の引率を行っている塩瀬先生は言う。
近年のプログラムは、ハノーファーの生物教育センターやケーテコルビッツ中等教育学校を訪問し、講義やワークショップ、授業などに参加、シェルナッハでは牧場体験や動物愛護施設の視察、ダッハウの強制収容所跡の見学などを実施。また、ハノーファーでは、ケーテコルビッツ校の生徒宅でホームステイも行っている。塩瀬先生は、生物教育センターの所長や現地校の校長、教員たちと長年に渡る交流があり、その関係から独自の研修旅行が実現した。
「ケーテコルビッツは国際的な環境教育実践校で、本校が環境教育に力を入れているリベラルな学校であることも認識しています。互いの理解と信頼関係から、ホームステイの受け入れや授業の参加など全面的に協力をしてもらっています。また『獨協生は、まじめで素直だ』という口コミが広がっているようで、ホームステイもボランティアで引き受け、生徒を家族のように温かく迎え入れてくれます。『自分の子どもに、日本のことを知ってもらおう』と考えている家庭も多くあり、人と人とのつながりで成り立っているスタディツアーだと言えますね」
▶︎塩瀬治先生
さまざまな体験や出会いを通して、発見や気づきを得る
研修旅行では、生徒たちが生の生活体験することで、いろいろな気づきを得ることができると塩瀬先生は話す。「まず、生徒がショックを受けるのは『ドイツは時間に追われていない』ということです。学校の授業はだいたいがお昼までで、遅いときでも午後2時には終わります。その後はスポーツクラブに行ったり、ボランティア活動をしたり、自分の興味のあることをする。学校の休暇も長く、その間、宿題もありません。
また、ドイツは労働時間も短く、1年の労働時間を日数で換算すると、日本より2か月も少ないそうです。ドイツ人は家族との会話や、一緒に過ごす時間をとても大切にしています。休日は近場でピクニックをしたり、長期休暇は旅行をしたり、人生を楽しむことに価値を置いている。時間的にも精神的にもゆとりがあるのですが、GDPは日本とそう変わりません。こうした現実を目の当たりにして、『いい大学に行くために、あくせく勉強する意味とは?』『残業が多く、家族と過ごす時間が少ない日本の社会ってどうなのだろう?』と自分に問いかける生徒も多くいます」
学校の授業体験も生徒の刺激になっているという。「ドイツの授業は、先生が板書をすることもあまりなく、生徒同士で意見を言い合うことが普通に行われています。子どもの頃から、自分の考えを主張することを家庭でもやってきているので、それが授業にも反映されているのでしょう」
さらに生徒たちは、ホストファミリーに、ロシア系、イタリア系、中国系、アフリカ系などさまざまなバックグラウンドを持つ人が多いことにも驚いているそうだ。「ドイツの社会は多様な人種が共生し、異文化に対する理解も進んでいます。日本との違いを知ることも、生徒にとって大きな学びになっています」
環境や歴史、その年のテーマに沿った学習をプログラムに編成
研修旅行では、毎回、生物教育センターを中心に環境教育を実施している。塩瀬先生によると「ドイツは国全体として、環境に対する意識が高い」と言う。
「ドイツ人にとって環境を保全することは、人の生きる質を高めることと同じ意味を持っています。戦後、日本は国の経済力を上げることを優先してきましたが、ドイツでは人の生きる権利を重んじる政策をとってきました。そうした背景から、環境教育は、人権教育や市民教育ともつながっているのです。たとえば、小学校の裏に広がる森の木を切ることは、子どもたちの生きる質を下げるので反対する。安全に暮らすことは当然の権利であって、生き物が暮らせないところに人間の住みかを作るのはおかしいと考えています。日本で環境問題と言うとゴミ問題などがあげられますが、根本の考え方が異なっていると言えます」
また、研修のプログラムに必ず取り入れているのが、強制収容所跡の見学だ。「ドイツには戦争や虐殺など負の歴史がありますが、それを隠すことがなく町のいたるところで公開しています。その一つの例が『躓(つまず)きの石』というモニュメントで、そこにはそこから何人のユダヤ人が連れ去られたが刻印されています。これらの負の遺産を見て『平和とは?』『生きることとは?』と生徒たちは自分なりの感想を抱きます」
研修では、その時々の社会情勢などをテーマにした学習も行っている。2017年からは、移民・難民の問題について学び、移民の人から話を聞く機会も設けられた。「ドイツ政府は移民の受け入れだけでなく、語学教育を無償でしたり、仕事の斡旋なども積極的に行っています。2017年に話を伺ったシリアの方は家族が離散しており、ドイツに逃れてから大学に入り直して、祖国復興のために科学の勉強をしていました。印象的だったのは『君たちは平和な国に住んでいるが、将来、どんな生き方をしたいのか』と1人ひとりの生徒に問いかけていたことです。生きることに精一杯で、祖国のために必死に勉強している人を目の前にして、生徒は今までになく自分の進路を真剣に考えたと思います」
また2019年は、ハノーファーで「Fridays for Future(未来のための金曜日)*」運動のデモ行進に遭遇。気候変動の危機に対して、現地の高校生が発起人となって立ち上がり、獨協生も急遽、プラカードを作って、約3000人の行進に参加した。
*Fridays for Future(未来のための金曜日)…2018年8月、スウェーデンの当時15歳のグレタ・トゥーンベリさんが、気候変動に対する行動の欠如に抗議するために、毎週金曜日に国会前に座り込みをしたことをきっかけに始まった運動。若者の共感を呼び、世界的に広がっている。
獨協の根幹である「人間教育」とリンクしたドイツ研修旅行
教頭の坂東広明先生は、ドイツ研修旅行を行う意義をこう話す。「本校は伝統的に『より良く生きる』ことを教育の根幹にしている学校です。ドイツでは、歴史や環境、人権、多様性などを学ぶことができ、私たちが大事にしている『人間教育』を世界規模でカタチにしたのが、この研修旅行です。生徒たちは毎回、ドイツで多くのことを感じ取り、それを持ち帰って、学校の仲間や教員、家族などに伝えています。これも一つのつながりで、周りの人にも影響を与えながら『いかに良い生き方をしていくか』を自分に問いかけ、考えていきます」
実際に生徒たちは行動を起こし、2018年の研修旅行後、「シリアの移民の問題をその場限りで終わらせたくない。みんなで語り合う時間を持ちたい」と学校に申し出て「獨協談話室」を設置。倫理の教諭で、ドイツ研修旅行に関わっている鳥山靖弥先生も入って生き方や社会の在り方などについて意見を交わしているそうだ。
また、研修に参加した全員が、振り返りのレポートを提出している。その中には「ドイツは仕事や勉強と、自由に過ごす時間のメリハリがはっきりしている」「難民の方の話を聞いた時、自分の視野の狭さと問題意識の浅さに愕然とした」「ドイツには様々な人種の人が住んでいて、難民の受け入れ数も多い。『ドイツ人』と『外国人』といった区別があまりないように感じた」「ドイツは戦争の加害者意識を今でも持っていて、日本は原爆の被害者であるけれども、加害者の意識も忘れてはいけないと思う」などの感想があり、多くの生徒がホストファミリーとの交流を楽しんでいたことも記されていた。
来年はドイツ研修旅行を再開する予定だと、塩瀬先生は言う。「これまでの地球市民教育に沿ったプログラムを継続し、次はウクライナ問題が避けて通れないテーマだと考えています。難民支援を積極的に行っているドイツは、学校もその役割を担っています。以前、ケーテコルビッツ校もシリア人を20家族ほど受け入れていて、現在はウクライナ人を受け入れていると聞いています。戦争やコロナの問題がある中で、『人と人の関係をどう復活させるか』、これまで以上に深く考える研修旅行になると思います」
▶︎教頭 坂東広明先生
<取材を終えて>
同校のドイツ研修旅行は業者が作ったものではなく、塩瀬先生をはじめとした「人と人のつながり」で実現していることが素晴らしいと感じた。そのつながりを生徒自身も感じることができ、より多くの気づきや学びが得られるのではないだろうか。また生徒にとって、学校や日本ではできない体験は、本当に大きな財産になると思う。その他では、同校が大切にしている人間教育や環境教育が研修旅行とリンクしていること、獨協生のまじめで誠実な性格をドイツの人たちが気に入っているエピソードなどが印象に残った。
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