スクール特集(聖学院中学校の特色のある教育 #7)
自己肯定感も成績もアップ!「できたこと手帳」で自学自習を習慣化
聖学院中学校では、2019年度から「できたこと手帳」を導入。オリジナルのページ構成に込められた思いや導入後の成果について取材した。
聖学院中学校では、「できたこと手帳」と「自学ノート」を運用し、自学自習を習慣化させる取り組みを行っている。導入の経緯や活用による成果について、平井裕先生(高1担任)と高橋優一先生(中2担任)に話を聞いた。
生徒や保護者の意見も取り入れたオリジナルの手帳
8年前、同校に着任した平井先生は、担任となったクラスで生徒手帳を積極的に活用する試みをスタートさせたという。
「せっかく手帳を配るのだから、よりよい形で活用してほしいと思ったので、まずは自分のクラスで手帳に学習時間を記録するように指導してみました。例えば、ダイエットなら毎日体重を量って記録するなど、目に見える数字として記録していくことが、物事を達成するためのエビデンスとなります。自学自習の習慣がついていない1年生に、自分で決めて勉強しなさいと言っても、何をどうしたらいいかわからないでしょう。ですから、帰宅してから何をするか問いかけてTo Doリストを書き、実際に取り組んだ学習時間を記録することから始めました」(平井先生)
手帳を積極的に活用し始めると保護者会でも評判を呼び、保護者と生徒の意見を取り入れた手帳作りが始まった。
「保護者や生徒から意見やアイデアが出て、手帳のページ作りで盛り上がりました。それらを検討して、今使っている手帳の原型となる手帳が出来上がったのです。その1年後に、原型となった手帳と『できたことノート』を合体させるというアイデアをいただきました。本校の教員から、子供たちの自己肯定感を高めるために『できたことノート』を広める社会活動を行っている永谷研一さんを紹介してもらい、協力をお願いすることになったのです。永谷さんは、自己肯定感が低い人が多い理由の1つとして、テストで80点を取っても褒めてもらえないという例を挙げていました。『なんで100点じゃないの?』と言われたら、自己肯定感は高まらないのです」(平井先生)
そして永谷氏の監修により、右が「できたことノート」をアレンジしたページ、左が勉強時間などを書く自己管理のページという、同校オリジナルの「できたこと手帳」が完成した。
▶︎平井裕先生(高1担任)
「右ページは、親も先生も褒めてくれないかもしれないような、小さな『できたこと』を見つけて、『自分で自分に部分点をあげる』がコンセプトです。小さな『できたこと』を積み重ねて、『これができたなら、あれもできるかも。じゃあ、やってみよう』というようなチャレンジ精神につなげたいという思いを右ページに込めました。手帳を活用して自立学習者を育てるだけでなく、いろいろなことに挑戦することでオンリーワンを確立させたいと思っています」(平井先生)
▶︎左ページには自己管理情報を、右ページには「できたことノート」を記入する。
右ページと左ページ、それぞれの役割
「できたこと手帳」は、終礼のときに記入して翌朝教員に提出する。教員はクラス全員の手帳に目を通してコメントを書いて、終礼までに返却している。
「左ページにはやらなければならないこと(To Doリスト)や実際に勉強したこと、勉強時間を書きます。中1~高1は、週840分を越えることが目標です。120分×7日の計算ですが、部活動がある日は60分しかできなかったとしたら、部活動のない日に180分勉強するなど、1週間で840分をどう割り振るかを考えなければなりません。入学前から勉強の習慣が身についているアドバンストクラスの生徒は、余裕で1000分を越えています。一方、レギュラークラスは800分を越える人が少ないので、まずは机に向かうことが課題です。数字を見ると分析できるので、分析するためには記録することが必要なのです」(平井先生)
入学したばかりの頃は、右側の「できたこと」に何を書いたらいいかわからない生徒も多い。そこで、入学してすぐのオリエンテーション期間の1時間を使って手帳の使い方を説明する時間を設けているという。
▶︎教科ごとに色分けするなど工夫する生徒も
「まずは教員8人で、自分だったら何を書くかを考えて書いてみました。『単語テストで満点取れた』『友達のことを手伝えた』など、生徒も書きやすいことを例として挙げて、小さなことでも書いていいんだよということを見せます。例を示すことで、生徒たちも書きやすくなるようです。中1と中2の廊下には、書き方の見本を印刷したものも掲示しています」(高橋先生)
▶︎高橋優一先生(中2担任)
感情マークにも発揮される「個性」
右ページには、その日の感情を顔で表すスペースも用意されている。見本として4レベル用意されているが、この感情マークに個性が出ることにも注目しているという。
「見本は絵文字のような簡単な顔なのですが、ちゃんとした顔の絵を描いてくる生徒もいます。小さなスペースですが自己表現する場にもなっていて、それぞれの個性や好きなものなども見えてくるのです。過去には、毎日違うポケモンのキャラクターを書いてくる生徒もいました。そのような生徒に対しては、ポケモンが好きということを認めてあげられる場にもなり、コメントでポケモントークができて生徒も楽しかったようです。生徒たちのそのような一面が見られると、かわいいなと思ってキュンキュンしてきます(笑)」(平井先生)
手帳の表紙は毎年、生徒から募集して投票で選ばれたものが採用されている。
「表紙も自己表現の1つとして、自己肯定感を高めることにつながっていると思います。中1から高3まで全校生徒が持つものなので、約1000冊の表紙を飾るデザインです。全クラスで募集をかけて、Googleフォームで生徒たちが投票します」(平井先生)
教員のコメントも「オンリーワン」
教員のコメントは、生徒たちが文章の構成を学んでいくためにも役立っているという。
「永谷さんからは、教員のコメントは一言でいいとアドバイスされました。『なんで?』と書けば、生徒たちは次から理由を添えて書くようになり、文章の構成を自然に学びます。『もう少し具体的に』と書けば、具体的に書かないと伝わらないと気づくのです。生徒たちも個性が出るように、教員のカラーが出てもよいと思っています。長い独り言を書いて、楽しんでいる教員もいます(笑)。生徒たちもそれを読むのを楽しんでいるので、オンリーワン同士がよい化学反応を起こせたらよいと思っています」(平井先生)
英語科の教員である高橋先生は、英語で文を書く練習の場としても右ページを活用している。
「右ページは文章を書くことに慣れるためにも活用できるので、『次は英語で書いてみよう』というコメントを入れることもあります。最初は1文で終わっていた生徒が、習ったばかりの接続詞becauseを使って2文にしてきたときなどに成長を感じます。添削すると生徒たちも嬉しいようで、時々英語で書かせることは保護者にも好評です」(高橋先生)
教員と生徒間の大切なコミュニケーションツール
「できたこと手帳」は自己管理のツールでもあるが、教員と生徒とのコミュニケーションツールとしても大切な役割を果たしているという。
「手帳は、個々にコミュニケーションが取れる重要なツールです。右ページは、一人ひとりの個性を知るためにもとても役立ちます。例えば、『ドラムを叩きました』と書いた生徒に『何の曲?』とコメントしたら、自分の好きな曲が書かれているなど、そこからさらに話が広がりました。1クラス30人の生徒がいると、話すのが得意ではない生徒もいますし、人前では言いにくいことなども手帳に書き込んでおけば教員に伝えることができます。ですから、右ページはSOSを発信できる場でもあるのです。手帳のおかげで早めに気づくことができ、トラブルが大きくならないうちに対処できたこともありました」(高橋先生)
SOSメッセージのほかに、それまできちんと書いて提出していた生徒が書かなくなったときにも注意が必要だと平井先生は語る。
「きちんと提出していた生徒が出さなくなったとき、1日は様子を見ましたが、2日出さなかったので理由を聞いたら大きな親子げんかをしていたことがわかりました。ちょっとした変化を感じとるためにも、手帳は重要な役割を果たしています。保護者がコメントを書いてくることもありますし、保護者の皆さんにもぜひ見てほしいです。ただ、親には見せたくないという生徒や、親が見ると本音を出さない生徒もいるので、見るかどうかは家庭で決めてくださいと言っています。そして、6年分を大切にとっておいてほしいです。思い出がたくさん詰まっていますし、振り返るといろいろなことが見えてきます」(平井先生)
手帳の習慣がつくと成績アップ
それまで手帳を書かなかった生徒が書き始めると成績が上がるなど、「できたこと手帳」と成績には関連があると平井先生は語る。
「理由としては、自分との会話が増えるからだと思っています。今の自分に何が足りていないのか、頑張らなければいけないことに気づくなど、手帳にはメタ認知能力を鍛える効果があると感じます。手帳を通して自分を俯瞰して見ることで、自分の改善点が見えてくるのです。レギュラークラスからアドバンストクラスに毎年3~4人の生徒が移動しますが、移りたいと思っている生徒には、手帳をきちんと書くようにとアドバイスしています。手帳の中では勉強のやり方などのアドバイスはしませんが、手帳に勉強のスケジュールや達成度などを書くようになる生徒は成績が上がるのです。アドバンストクラスへ行きたいと言っている生徒でも、手帳が書けない生徒は成績が伸びません。自己管理や小さなことも頑張れるように育てるためのツールとして、成果がでていると感じています」(平井先生)
さらに、ある調査から、生徒たちのワクワク度にも手帳が関係している可能性が見えてきた。
「本校では、主体性や学びに向かう力(ワクワク)を可視化する調査を行って企業に分析してもらっています。今の高1は、中1から中3までこの調査を行ってきましたが、学年が上がるにつれてワクワク度が上がるという結果が出ています。通常は、中2で反抗期があったりして下がっていくので、これまでにないデータだと企業の方も不思議がっていました。いろいろな要因があると思いますが、私は手帳も要因の1つではないかと考えています。それも含めて、手帳を6年間使ってみてどうだったか、生徒たちと手帳トークをして、一度大きな検証をしてみたいです。今の手帳が完成というわけではありません。6年間トータルで検証して次に活かしたいですし、不要なページや欲しいページのアイデアなどがあれば、よりよいものにしていきたいです」(平井先生)
それぞれの使い方で取り組む「自学ノート」
同校では、手帳とセットで「自学ノート」も生徒に配布。自発的学習者を育む一環として、宿題以外の学習に取り組むときに「自学ノート」に記入して提出する。
「計算問題や単語テストの勉強など、何を書いてもよいことになっています。好きなことを書いていいと言うと、中1の生徒などは趣味を存分に書いてくることも多いです。例えば電車が好きな生徒は、何線の何番の電車はいつから運行しているとか、電車の写真を貼って調べた情報を書き込んできます。文房具が好きな生徒は、外国のペンについて調べて、値段、型番、書きやすさなどを1年間ずっと書いてきました。私は、好きなことを表現できるのも、大事なことだと思っています。自分の好きなことを先生に知ってもらおうとして書いてくるのも、自己表現の1つです。中1で自分なりに工夫して写真を貼ったり、調べて感想が書けるなんて聖学院の生徒はすごいなと、着任したときに思いました」(高橋先生)
▶︎「自学ノート」でもコメントのやり取りが行われる。写真右下では、生徒が先生にコメントを返している。
好きなことについて書いてくることも探究であり、大学の学部選びにつながった生徒もいるという。
「自学ノートはケアをするためにも必要なものと考えているので、数学しかやらない生徒には『英語は大丈夫?』などと聞くようにしています。お城が好きで、英語、数学、お城という感じで、定期的にお城を入れてくる生徒もいました(笑)。それを続ける中で、大学ではお城の研究がしたいと思うようになり、今は奈良大学への進学を希望しています。進路については、そういったストーリーを大切にしたいです。手帳と自学ノートをワンセットで活用して家庭と学校をつないで、学校生活をより有意義なものにしてほしいと思っています。学校に目を向けられている生徒は、みんな楽しそうです」(平井先生)
<取材を終えて>
手帳を活用している私立中学校は多いが、同校の右ページがあるような手帳はまだ少ない。成績だけではなく、手帳をうまく活用できることがクラス替えの基準になるという話が、とても興味深かった。ワクワク度との関連も示唆されている手帳の活用事例に、ぜひ注目していただきたい。