スクール特集(女子美術大学付属中学校の特色のある教育 #7)
大学での学びを楽しく体験!大学教授による「色彩学」の授業
女子美術大学付属中学校では、中学1年生から大学の教授陣による中高大連携授業を実施。中1のクラスで行われた、色彩学の授業を取材した。
日本で唯一の美術大学付属校である、女子美術大学付属高等学校・中学校。同校では、中学1年生から女子美術大学・女子美術大学短期大学部の教授陣による、中高大連携授業を実施している。中1のクラスで行われた色彩学の授業を取材し、授業を担当した女子美術大学教授・坂田勝亮先生(芸術学部 美術学科芸術文化専攻)と同校の岡村一輝先生(中1・美術担当)に話を聞いた。
先のビジョンを見せながら“好き”を育てる6年間
同校では大学と連携して、中学生からキャリア教育を行っている。その昔、大学の先生がふらりと同校を訪れた際に、専門的な話や将来につながるような話をしたことから始まり、今のような形で行われるようになったという。
「なんとなく美術が好きという気持ちを、なんとなくで終わらせないためには、先のビジョンを見せていくことが大切だと考えています。例えば、中学生のうちから、高校生や大学生になったときの学びや制作のイメージ、どんな職業があるのかなどを見せていくことです。大学の先生に来ていただくことで、中高生にとってはちょっと背伸びした教育を受けることができます。大学の先生が行う授業は本校の教員が行う授業とは違い、中高生にとっては少し難しい、専門的な内容です。そのような授業を年に1、2回行うことで、大学生になったらこんなことが学べるのだというイメージをより具体的に描くことができるようになります」(岡村先生)
同校から女子美術大学へ進む場合は受験がないので、中1から大学4年生までの10年間、美術を通してゆっくりと情操教育をしていくことができると岡村先生は語る。
「私の場合は、一般的な教育を行っている高校から美大へ進学しました。受験前に美術予備校に通って、そこから本格的な美術の勉強を始めたのです。予備校で学んだのは、美大に受かるための絵を描くような受験美術でした。受験美術は、上手く見えるような絵をたたき込むことからスタートします。そして、短期間で進路選択をしなければなりません。私自身はあまり深く考える時間もなく、1週間ぐらいで油絵にしようと決めました。しかし本校の場合は、6年間悩む時間があるので恵まれていると思います。受験美術ではなく、楽しみながら美術を好きになってもらえるように育てていくのが本校の大きな特徴です。中1から少しずついろいろなものを見せていき、ゆっくりじっくり美術をより好きになってもらいたいと思っています」(岡村先生)
同校では毎年、美術科教員による作品展を校内で開催している。日ごろ美術を指導している教員たちも、絵画・デザイン・立体・工芸など、多岐にわたって活動を続けており、その発表の場が美術科教員作品展である。
「中・高6年間は、自分の興味を探るための時間でもあるのです。ちょうど今、教員の作品展を開催していますが、陶芸やガラス、日本画など、教員たちによる様々なタイプの作品を展示しています。生徒たちにとっては、いろいろな分野の作品に幅広く触れる機会の1つです。今日のような大学教授によるワークショップなども実施して、楽しみながら好きなものを探す機会も用意しています」(岡村先生)
▶︎岡村一輝先生(中1・美術担当)
多分野への可能性が広がる「色彩学」
女子美術大学では2014年に「芸術文化専攻」を開設し、芸術理論を多角的に学び、その知識を応用させ異分野でも活躍できる人材を育成している。「芸術文化専攻」では、美術の理論を色彩学、美術史、芸術表象という3つの視点から学ぶ。色彩学を専門的に学ぶことができ、色彩心理学で学位が取れる美大は全国でも珍しい。
「大学の授業は、絵画や立体、デザインなどの実技系科目と、美学や図学、美術史、色彩学といった理論系科目があります。視覚芸術は色と形から構成されており、私が担当しているのは色の部分です。色というのは、物質的な性質ではありません。脳の働きによって見える心理現象です。色の研究領域は、心理学から脳科学へと発展してきました。私は、色を見るときに脳のどの部分がどのように働いているかを研究しています。色は人間の内部に生じる心理現象なので、見え方にも影響します。色の使い方によって、太って見せたリ、美味しく見せたりすることもできるのです。美術館照明や色と奥行きの関係をテーマにした研究もありますし、私の場合は、肌の色の見え方によって人間の顔の印象がどのように変わるのかという研究も行っています。美容やファッションに興味がある学生も多いので、色彩学を学んで化粧品会社の研究員になった卒業生もいます」(坂田先生)
坂田先生が中学生向けに連携授業を行うようになってから、今回が3回目となる。中学生には、できるだけ現象を見せるようにしているという。
「大学生には理論を言えば理解してもらえますが、中学生の場合は現象を見せてあげるとわかってもらいやすいのです。音楽の場合、聴かせないで教えることはできないのと同じで、色も見るものなので、実際に色を見て学んで理解することを中心に授業を展開しています。高校時代の学びには、まだ理系・文系という考えが残っていますが、大学では理系・文系という考え方がなくなります。日本画を専攻すれば電子顕微鏡で粒子を見ることもありますし、工芸を専攻すれば染料のpHや濃度を計ったりすることもあります。大学に進んでから驚かないように、今のうちから広い視野でものを捉えてほしいです」(坂田先生)
▶︎女子美術大学教授・坂田勝亮先生(芸術学部 美術学科芸術文化専攻)
坂田先生による「色彩学」の授業
今回の授業は、坂田先生が色について説明した後、生徒たちはスペクトルビューアー(光を色ごとに分解して、各色の強さを見ることができる装置)を制作して光の違いを体験するという内容で、2コマ使って行われた。まず坂田先生は、色は物の属性ではなく心理現象であることを、色見本のカードと照明を使って説明。赤や青のカードが照明によって違う色に見えることを目の前で見せながら、色は光に反射して目に入り、脳で感じていることをわかりやすく伝えた。
次に、色の分析に関して大きな役割を果たした2人の偉人を紹介した。初めて色に関する学術的な記述を残したのは、哲学者のアリストテレス。どんな色も白と黒の間に生じると説き、ヨーロッパでは長く、すべての色は光と闇に通じると考えられていた。この考えがキリスト教と結びつき、色は神の創造物の一部とされ、絵の具の色を混ぜることは神への冒涜として禁じられてしまう。しかし17世紀になり、ニュートンが全ての色は光りの中に見られると証明したことにより、絵の具の色を混ぜることも可能になった。
その後、生徒たちは、光がどんな色で構成されているかを見ることができるスペクトルビューアーを自分たちで制作。お菓子の空き箱を使い、坂田先生が丁寧に作り方を説明した。出来上がったビューアーで教室内のLEDライトを見た後で、外に出て太陽光を確認。この日は曇りだったが、生徒たちは自分で作ったビューアーを通して、太陽光がLEDとは明らかに違うことを感じとった。
「iPadなどのディスプレイでは、RGBと呼ばれる三原色(R=Red、G=Green、B=Blue)で色を再現しています。一方、太陽の光にはいろいろな色があります。LED照明と太陽光には違いがありますし、安い照明と高級な照明にも違いがあるのです。今回の授業を通して、まずは光が綺麗なんだということを知ってほしいと思いました。目ではRGBという3種類の感度しかないのに、脳で色を判断するときに違いが生まれます。感度の幅があり、組み合わせによっていろいろな深みを感じています。自分の作品を見せる際には、それぞれの特性を肌で感じてほしいです」(坂田先生)
坂田先生の授業を受けた中1の生徒4人にインタビュー
▶︎写真左からSさん、Kさん、Tさん、Yさん
――今日の授業はどうでしたか?
全員 楽しかったです!
――いつもの授業とはどのように違っていましたか?
Sさん いつもは筆や道具の使い方など、どこをどうしたら対象をリアルに描けるかなどを学んでいます。今日の授業では、色彩について教えてもらい、色は感覚の一種であるという話が印象に残りました。
Kさん いつもは技術的なことを教えてもらいながら作品に取り組んでいますが、今日は光の話が中心だったので、いつもと違って楽しかったです。
Tさん 太陽の光には色がないと思っていましたが、ビューアーを自分で作って、光の色を見ることができたので楽しかったです。LEDと比べたら、太陽の光は全然違っていました。
Yさん ビューアーを作っている途中、分光シートに指紋がべったりついてしまったり、いろいろハプニングがありましたが、無事に完成できてよかったです。今日は曇っていて太陽は出ていないのに、ビューアーで見たら綺麗な色が見えました。LEDの方がくすんだ感じに見えて、思っていたイメージとのギャップに驚きました。
――今の段階での将来の目標を教えてください。
Sさん 藝大に行きたいです!
Kさん まだはっきりとは決めていませんが、女子美の大学に行きたいです。
Tさん 東大に行きたいです! 格好いいからです。
Yさん できれば女子美の大学に行きたいです。相模原のキャンパスに行ったら、いろいろな施設が整っていてすごいなと思いました。
付属校出身の学生は何事にも「一途」
付属校から進学した学生たちは、他校から進学した生徒と比べて一途だと感じると、坂田先生は語る。
「他校から進学した学生との違いは、付属校出身の生徒はいい意味でも悪い意味でも一途だという点です。作品をつくるときもそうですが、サークルなどに一途になる学生もいます。そして、美術的な感覚で一途になるという点も、付属校出身の特徴です。例えば、男性とデートをする時も演出や表現を自分で一途に考えます。彼女たちは、家庭環境の影響もあると思いますが、生まれ持っての美術家なのです。逆にいうと、それ以外の感じ方ができないことが多いので、平均値が何かわからなくても、グラフにビジュアライズの美しさを感じとる学生もいます。もちろん他校からの学生にもそういったタイプもいますが、付属校出身の学生は美術の捉え方が多面的で面白いです」(坂田先生)
もともと持っている感覚だけでなく、同校で過ごす6年間で培われるものも大きいと岡村先生は考えている。
「入学したばかりの中1は、アニメが好き、イラストが好きという子が多く、美術が好きというよりサブカル的な物が好きなのです。そのような子たちに、いろいろなものを見せ、経験させることで『これは楽しい!』『あれが面白い!』と自分で選択し、いつのまにか美術の中でも何が好きなのか見えてきます。それは、受験美術とはベクトルが正反対なのです。受験美術の場合は、期限までにどの道に進むか決めなければなりません。本校では6年間という時間があるので、パッと見の見栄えがよい作品は目指しません。目立たないけれど光っている部分や埋もれそうなよいところ、ここを伸ばしてあげたらこの子はいいものを作るかもしれないという部分を見つけていきます。今の時点では欠点だったり、脆弱な部分だったりするかもしれませんが、時間をかけたらそこが長所や魅力につながるかもしれないのです。そのような指導は受験美術では難しいですが、本校では時間の余裕があり、好きな物を見つけながら発展させていくことができます」(岡村先生)
<取材を終えて>
坂田先生は、お菓子の空き箱を使ったビューアーの制作手順について、中学生にもわかりやすく、とても丁寧に説明していた。作業するにあたって、グループ分けなどはしていない。何人かで相談しながら作業を進める子、1人で黙々と作業する子、先生に確認しながら作業する子などそれぞれのペースで進めていた。以前の取材で、同校の生徒たちは1人でいたい子もいることを理解し、尊重していると聞いていたが、まさにそのような光景だった。作業中は坂田先生だけでなく、同校の先生もしっかりとサポートしている。できあがったビューアーを使って、太陽光やLEDを見比べる生徒たちの楽しそうな表情が印象的だった。
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