スクール特集(近畿大学附属中学校の特色のある教育 #8)
大学附属校ならではの充実した環境を生かし、将来設計図を描ける生徒を育成
2020年度の総合学習の導入に続き、2022年度は大学施設での体験実習を新しく設けるなど、生徒に自分の可能性に気づかせ、それを広げる教育を展開する近畿大学附属中学校。その学びについて話を聞いた。
2011年のキャリアデザイン教育の始動、2014年の1人1台端末制導入など、数々の先進的な教育で知られる近畿大学附属中学校。同校では単に知識や技能を身につけるだけでなく、しっかりと自分で将来設計図を描ける生徒を育成するため、多数の取り組みが展開されている。同校の教育方針や教育活動について、2022年4月に新たに中高の校長に就任された丸本周生先生と入試企画部長の原隆博先生に話を聞いた。
生徒の可能性・素質・能力を開花させる仕掛けを豊富に設定
未来志向の「実学教育」、「人格の陶冶」を建学の精神に掲げる近畿大学附属中学校。この建学の精神について、丸本先生は次のように説明する。
「本校の実学教育は、社会に出て役に立つ人の育成を目的とします。そのために、まずは基礎的な知識や技能をしっかりと身につけてもらいます。その上で思考力・判断力・表現力と、何事にも主体的に取り組む力を養う教育を展開します。また人格の陶冶とはよりよい社会を構築するために、生涯を通じて人間性をより立派なものへと鍛錬して磨き上げること。すなわち、人に愛され、信頼され、尊敬される人になることです。それには自分に自分なりの考えや物の見方があるように、他者にもあるということを理解することが大事です。固定化したまなざししか持たなければ、自分が絶対となって他の違う意見を受け入れられません。生徒達には多角的な物の見方・考え方を持って欲しいと伝えています」
この建学の精神を実現させるため、同校では2011年度からキャリアデザイン教育を始動。生徒の考える力を養う授業が各教科で行われるようになった。そして、このキャリアデザイン教育の10年の経験を基盤に、2020年度、新たな総合学習『総合表現』『総合探究』をスタートさせた。
この10年を振り返って、「以前は大学入試に合格させることが、我々教員の最大で最後の役割だと思っていましたが、今はもう違いますね。ファシリテーターとして、もっと先を見つめた指導を行っています。生徒がどのように社会貢献したいかを起点に、そのためにどういう大学でどういう学部・コース専攻に進むべきか、高校時代は文系か理系か、理系でも物理系か生物系かなどを、しっかりと4年生2月期までには考えてもらいます」と丸本先生。
続けて、生徒の未来について「まずは、何よりも生徒自身が幸せになってほしい。その上で、なんらかの形で社会に貢献できる人物になってほしい」と期待を寄せる。
「それを叶えるために、我々教員はいます。本人も保護者も気づいていない可能性や素質、能力は必ずあります。様々な学習機会を与えることによって、それらに気づかせてあげたい。自分の可能性に気づくことは、関心や進路の幅、人間としての魅力を広げることにつながります。生徒がたくさんの気づきが得られる6年間を提供していきます」(丸本先生)
▶︎校長 丸本周生先生
大学附属校ならではの充実した体験実習
キャリアデザイン教育を進める上で、日本有数の総合大学・近畿大学の附属校であることは大きなアドバンテージだ。近畿大学には2022年4月に情報学部が新たに誕生し、現在15学部49学科がある。普通の中高生では使えない大学の研究施設で同校の生徒は学ぶことができる。
「体験や実験、観察など、普通の授業とは違う自分の目で見る・聞く・五感で感じるといった素晴らしい機会の中で、新たな興味関心を示す生徒もたくさん出てきます。生徒が自分の可能性や素質、能力に気づく学習機会を豊富に与えられる環境が本校に整っていることは大きな利点ですね」と丸本先生は笑顔を見せる。
取材日には、2年生が和歌山にある湯浅農場に体験実習に行っていた。この体験実習は、2022年度に始まった取り組みで、みかんを育てる所から最終的に収穫して食べる所までを予定しているという。他にも、生物理工学部や理工学部での実験実習など、多くの体験実習を用意している。原先生は、これらの行事を通して生徒達に研究とはどのようなものかを肌で感じて欲しいと話す。
「今回新しく始める取り組みは、2年生全員参加で行います。その他の実習も中学生に体験してもらいます。これはなるべく早い段階で、大学はどういう場所なのか、そしてどういう勉強をする所なのかを生徒達に見せたいという思いから生まれた取り組みです。研究と行っても、まだ中学生にはピンと来ません。でも、近畿大学の研究はとにかく実学教育で、日常生活に役立つものを研究しなければ研究ではないという理念のもとに進められているので、実際に生徒達が見に行った時に、研究とはこんなに身近なものなんだと感じられます。みかんが美味しいと感じるだけでも、全然違うと思います。全員参加の実習以外に希望制のものも多数用意し、生徒達が望めば色々なことを体験できる機会を本校ではたくさんつくっています。」(原先生)
▶︎入試企画部長 原隆博先生
自分ならではの視点を生み出す総合学習
2020年度にスタートした総合学習では、産経新聞社との連携のもと2年生が新聞作りを行う。2年生全員が記事を執筆し、各クラス1ページ、全部で8ページと夕刊ほどのボリュームがある新聞が出来上がる。2020年度に発行された第一号と2021年度に発行された第二号を比べて「生徒達は進化したと感じた」と原先生。
どのように進化したのか尋ねた所、「まずは2021年度の2年生は1年次に文章トレーニングを受けたことで、書く力が格段に上がりました。加えて、少し捻った視点から書くなど、自分ならではの要素を入れようとする姿勢が見られるようになってきました」と返ってきた。これも総合学習を通して、自分が面白いと思ったものを発表した時に評価してもらえると生徒が知ったからではないかと原先生は分析する。
「今までは大人の喜ぶものを発表して『賢いね』『すごいね』と言ってもらうことが、生徒達にとっての褒められるということだったと思います。でも、総合学習では生徒達から出てきた意見を認めることを中心に、教員は絶対否定をしない、そして『待つ』ことを大切に進めています。生徒達からびっくりするような意見やプランが出てきた時に、身近な「大人」である教員が認めて面白がってくれるという経験は、生徒達の自己肯定感を育成していく上で大きな影響を与えています」(原先生)
総合学習での経験は、生徒の価値観を大きく揺るがせ、自分の意見に対する自信とこだわりを生み出すことにつながっているようだ。この経験を通して、生徒の他者との関わり方も変わっていく。
「班で意見を出す時も、お互いの意見を否定しないように指導します。それぞれの意見は全部正解で、間違いはひとつもない。その正解の中で、その時に一番、皆の気持ちが寄り添えるものを選ぶだけだと伝えています。たとえ選ばれなかったとしても、自分の意見が否定されたわけではないという経験の積み重ねが、自分が本当に面白いと思ったものを自分らしく発表する姿勢を育むと共に、お互いの考え方や思い、行動を認め合うことにもつながっています」(原先生)
中学3年間は進級時にコース変更可能
同校では外部大学の受験を目指す「医薬」「アドバンスト」、近畿大学への進学を前提とする「プログレス」の3コース制を導入している。生徒は受験時の志望や成績によりコースを選択し入学してくるが、中学3年間は進級時にコース変更が可能だ。このような仕組みを導入する大学附属校は多くはない。これも、多くの体験実習や総合学習を通して、自分の進路を選択する力の育成を目指す同校の教育方針の表れだ。毎年1年から2年の進級時に約40名が、2年から3年、3年から4年進級時にはいずれも約10名がコースを変更するという。
「総合学習で自分の人生を考える仕掛けをたくさん用意していることに加え、通常の教科でも自分ならどう考えるかを主体に進めているので、とにかく本校の生徒達は考える機会が多い。すると、いやでも自分の将来をふっと想像するようになります。また、本校には医薬コースという具体的な目標に向かって頑張っている生徒もいます。それは他コースにとってもひとつの刺激になっているようです」(原先生)
続けて、原先生は中学入学前に将来の進路を決める難しさについて指摘する。
「2021年度入学生のうち47名が、2年進級時にコース変更をしました。1クラス分以上にもなる人数が変わっているんです。それは、小学生の段階での決断や入試の成績で決まってしまうその選択がいかに不安定かを表しています。生徒達が実際に中学校生活を始めて、色々な事を経験する中で、将来への考えはどんどん変わっていきます。その変化に対応してあげられる体制を整えることが大切だと考えます。本校では生徒の変化にすぐに対応し、その先の道を示せるコース変更制度を導入しています」(原先生)
生徒の持つ様々な可能性を自分自身で見つけさせ、生かせる進路を持つ同校。近畿大学への進学率は約6割で、残り4割の生徒は外部大学へと進学する。
「優秀な生徒を近畿大学へ入学させることはもちろん、受験したいと思う生徒には徹底的に受験指導をして、国公立大学を中心とした外部大学へしっかりと送っていきます。関西の大学附属校としては珍しい、外部受験と内部進学の両方に力を入れるハイブリッド型附属校であることも本校の大きな強みだと思っています」(原先生)
ピンチをチャンスに変えたコロナ禍の教育
1986年の入職以来、同校で教鞭を執ってきた丸本先生。この36年を振り返って、学校として一番大きな変化は2013年の1人1台端末制の導入だったと語る。
「端末を導入したことで、生徒の意見を一瞬にして前のホワイトボードに写せるようになりました。正しいと思って書いた自分の意見の隣には友達の全然違う答えが写っている。それを見て、『こういう考えもあるんやな』と感じる。今まで見えなかったものが見えてくる経験は、多角的な視点を持つことにもつながったと感じています。他にも、端末から色々な情報を得て、取捨選択した情報に自分の判断を加えて自分の考えを構築し、発表するためにまとめたり、グループワークでお互いの意見をぶつけ合ったりするなど、生きる力を育む上で非常によい経験を積めるようにもなりました」(丸本先生)
他校に先駆けた端末の導入により、端末を使った授業のノウハウが教員側にも生徒側にも培えていたことで、新型コロナウィルス感染症対策のための休校や学級閉鎖にも、スムーズに対応できたという。
「スプレッドシートを作って、時間割や提出物の内容、提出期限などのスケジュールを明確にした上で、遠隔授業を行いました。遠隔授業もいつも通り50分の授業を流しっぱなしにすれば教員は楽ですが、生徒が端末を一日6~7時間も見ることになるのは健康上良くない。そう考え、遠隔授業は1コマ20分、長くても25分におさまるように各教員にお願いしました。これは教員にとっては至難の業ですが、どの教員も頭も労力も振り絞ってくれました」(丸本先生)
原先生は「20分という与えられた時間をどう工夫するかをものすごく考えましたね。私が担当する理科では、2021年度の休校期間(6月14日まで)中に1学期の学習内容をすべて終え、学校再開後はその復習に時間を充てました。他の教科でも1学期の学習を一切取りこぼすことなく、夏休みを迎えることができました。休校は学校としてピンチでもありましたが、チャンスでもあった。休校を機に、教員の授業スキルが上がったと感じています」と笑顔をのぞかせる。
<取材を終えて>
今回の取材で最も驚いたことは、コース変更をする生徒の多さだ。8クラス中1クラス分以上が進路を変更するというのは、かなりの割合である。これは、入学前の要因に加え、入学後に生徒が自分の人生に向き合うための機会が数多く設定されているからでもあろう。
2022年度には全員参加の新たな体験実習も設定された。両先生は「それを本当に生徒の成長を促すチャンスとして生かせるよう取り組んでいく」と決意を表した上で、次のように思いを語られた。
「今、人生100年時代と言われ、高校を卒業してから80年近く人生が続きます。その80年の人生の幸せを全部、学校が保証できるかと問われたら、それは無理です。先のビジョンを見せるだけでなく、人生の岐路に立ったその瞬間その瞬間できちんと立ち向かえ、周りを見渡せられるよう、足腰を鍛えてあげることぐらいしか出来ません。だからこそ、機会をたくさん与えて、その演習を積ませることを6年間で徹底的にやってあげたい。それさえ出来れば、子ども達は自分の足で力強く歩いて、自分の力で幸せになってくれる。そう信じています」
外部受験も内部進学も全力で応援してくれるハイブリッド型大学附属校という環境のもと、ゆっくりと自分の人生に向き合い、自分の進路を決定する力を養えることは、生徒にとっても保護者にとっても大きな救いとなるはず。その取り組みの数々を説明会などで確認してみてはいかがだろうか。
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